あなたが、あなたらしく生きてくれれば、それでいい。
今だからはっきり言えるよ。
私は、あなたが、とても大切。
着信音が鳴った。
画面の時間を確認する。日付はいつのまにかかわってて、夜中の1時過ぎだった。
「もしもーし」
「おぉ、何してた?」
「別になーんも。飲んだ帰り?」
「なんでわかんの?」
「なんとなく」
ベランダに出て話す。
思いのほか空気が澄んでいて、そこから見える街灯やら遠くのネオンやらがいつもより濃く見えた。
この景色のどこかをあなたが気持ちよく歩いている姿がはっきりと想像できて、それがおかしかったりする。
私は知ってる。
あなたから電話が来るのは、あなたが酔っ払ってるとき、1人で歩いているとき、なんだか寂しいとき。
昔はこんな日が来るなんて思いもしなかった。でもどこかで、こんな日が来るのを期待している自分もいた。
この状況が、とてつもなく愛おしくてしょうがない。
本気で愛した唯一の人。今までも、これからも。
✳︎✳︎✳︎
あの頃、私はあなたを本気で愛していたよ。
あなたの笑った顔。怒った顔。辛そうな顔。拗ねた顔。
その大きな目。すらっとした鼻。少し厚めの唇。
普通のときの声。風邪を引いたときの声。寝言。寝息。
その力強い腕。全身の筋肉のつき方。斜めから見たときの首のあたり。
ベッドの中での暖かい足。近くで聞こえる心臓の音。
抱きしめ方。その加減。あなたからのキス。愛撫の仕方。最中の甘ったるい雰囲気。
たばこの吸い方。運転してる姿。バイクの後ろに乗ったときの大きな背中。
電話からのダルそうな相づち。短いメール。隣にいるときの冷たい態度。
あなたのなにもかもを、愛していたよ。
あの頃感じていた愛とか、自分の中に芽生えた愛に、嘘はなかったと思ってる。
私は本気であなたを愛していたし、あなたもそれを受け止めてくれていたと思うし、なにより、あなたも私と同じことを思ってくれていたと思ってる。
真っ正面から向き合えた唯一の人だと思ってる。
だから、あなたは、ずっと大切なんだよ。
あなたはどうしようもない人。
でも、嫌いにはなれない。
出会えてよかったと、心から思える人。
一緒にはいれなかった、ただそれだけ。
あの頃は嘘でも夢でもなく、本物。
✳︎✳︎✳︎
「今からお前ん家行っていい?」
「だめ。もう寝るし」
「冷てぇな。俺に会いたくないわけ?」
「別に会いたくなーい」
「あっそう。じゃあまた電話するわ」
「はーい、おやすみ」
たまにあるこんな電話。
会って話すことはないし、全部あっちからの一方的な電話。
私は知ってる。
あなたから電話が来るのは、あなたが酔っ払ってるとき、1人で歩いているとき、なんだか寂しいとき。
でも、なんか幸せだ。
今も好きなわけじゃない。
むしろ、あなたとは二度と付き合いたくないよ。
だから会わないし、私はからは電話もメールもしない。
ただ、あなたがあなたらしく生きてくれれば、それでいい。
だって、あなたは大切な人だから。
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