洋服の袖にうまく腕を通せない。
服を着るときはいつも左腕から先に手を通す。そのあとすぐに右腕も通して、そのまま一気に頭からかぶる。
当たり前のことなのに、今日はうまくできない。私の目が、左腕の変色したところを探してしまうからだ。
腕の、ちょうど柔らかくなってくるあたり。先輩が「ぷにぷにだ〜」とふざけて触ってくる二の腕のあたり。
彼氏ができたって報告したら、先輩は私の首ではなく、そこにキスマークをつけた。
私が先輩とセックスするようになったのは2ヶ月ほど前だ。
大学のサークルで初めて会ったときから「いいな」って思ってた。イケメンで、金髪がよく似合って、シャツにアンクルパンツの組み合わせが誰よりも似合って、話も面白くて、笑うと細くなる目が可愛かった。
先輩がセックスが好きな人だということを知るのに時間はかからなかった。
先輩に声をかけられるのを待っている女はたくさんいる。先輩に抱かれる順番を待っている。
気に入った子と次々にセックスしていくのは学内じゃ有名な話で、「先輩の順番待ち」という言葉が女子の間じゃ共通語になっていた。
私は、自分もその順番に並んでいることを自覚していた。
その順番は、わりと早く来るであろうことも。
なぜなら、大学のサークルで初めて会ったときから、目が合う回数がどんどん増えていったから。
近いうちに私に順番が回ってくるんだろうな、とやんわり思ってた。
順番は予想通り早くやってきた。
サークルの飲み会で先輩は私の隣に座った。まだ夏手前なのに蒸し暑くて、空気がじっとりと体にまとわりつくような夜だった。
この日、先輩はいつもよりも深い距離感だった。
例えば、テーブルに手を置く位置が少し私よりになっていたり、席を立つときにさりげなく私の肩に触れたり、2人で話す時の顔の角度がいつもよりこっちを向いてたり。
ささいなことだけれど、私は「順番がきたんだ」と確信していた。
ジョッキを掴む手や、箸を持つ手。すらりと伸びた白い手が視界に入るたび、私はこのあとを想像しては勝手に恥ずかしくなって、お酒をいつも以上に飲んだ。
「ペース早くね?大丈夫?」
そう言って私の肩に置かれた綺麗な手は、予想通り、その日のうちに私の服を脱がし、私の中に入りこんだ。
「先輩、私、彼氏ができました」
いつものようにキスをされ、服を捲し上げられ手が胸に触れたタイミングで私は先輩に言った。
「あ、そう。てか、このタイミングで言う?」
先輩は笑いながら手を離して、そのまま私の頭の上に乗せた。
「よかったな、彼氏」
「……はい。よかったです」
どんな奴か聞いてくるかと思ったのに、先輩はそれ以上詮索しなかった。いつも通りセックスをして、いつも通り果てて、いつも通り先輩の腕を枕にした。
「今までありがとうな」
私の頭を撫でながら先輩は言った。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「じゃあ……最後に」
そう言って先輩は再度私に覆いかぶさり、少し下がって左腕に唇を当てた。
腕の、ちょうど柔らかくなってくるあたり。先輩が「ぷにぷにだ〜」とふざけて触ってくる二の腕のあたり。
唇を押し当て、一気に吸い込む。引っ張られた皮膚が悲鳴をあげるように、チュチュー、と吸い上げる音が部屋に響いた。
「俺、お前のここ、けっこう好きだった」
唇が離れたそこは赤茶色に染まっていて、私の中へゆっくりと浸透していった。
私もけっこう好きだったよ。
だから、少しぐらい焦って欲しかった。
彼氏ができたって、嘘をついたときに。
先輩との思い出はセックスと、たまに行った近くのコンビニ。
もうそれだけじゃ辛いほどに、私は先輩が好きになってた。
でも、だからってジタバタしない。
だってこれは失恋じゃないから。
ただ、順番が次にまわったってだけの話なんだから。
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