ここで落としたいんだから、あざとくするのは当然でしょ?
朝7時。玄関のチャイムを鳴らす。
少し時間が立ってからゆっくりとドアが開いて、ボサボサ頭の君が姿を表した。
「ごめんね朝早く」
「いや、全然いいよ」
君は私をすんなりと家へ入れ、ちょっとシャワー浴びてくるわ、と洗面所へ向かう。
「私、寝てようかな」
あまり寝てないことをアピールするも、君は「おお」と一言だけ。シャワーの音を聞きながら、私はすこしぬるいベッドの上に横になった。出来るだけ奥に横たわったのは、君が隣にきてくれることを見越して、だ。
さっきまで彼氏の家にいた。昨日からお泊まりして、今日はそのまま買い物にいく予定だった。それなのに、私は今、君の寝ていたベッドの上にいる。
彼氏とは喧嘩ばかりでうまくいってなかった。昨日の夜も大喧嘩して、夜中に彼氏の家を飛び出した。呼び止める電話はかかってこない。いつもと同じ、意地の張り合い。どっちが先に折れるかの心理戦。
きっと彼氏は、いつも通りの心理戦が続いているだけだと思っているはず。
でも私は違う。
私には、喧嘩するたびに会う友達がいる。優しく慰めてくれる男友達。心理戦なんかどうでもよくなるほど、一緒にいて心から安らげる男の人。
朝早く来たのは、切迫感を出したかったから。
「本当に寝てるし」
ベッドが強く振動した。うっすら目を開けると、シャワーを終えた君が私に背を向けて目の前に腰掛けている。その場で濡れた髪をわしゃわしゃっとするから冷たい雫が私の手や顔に落ちてきて、その心地よさがこのあとの展開をほのかに彩った。
私は寝ているフリを続けた。君がテレビをつけても、タバコに火をつけても、横向きに寝ている体の右半分はベッドに埋め、左半分で君を感じながらずっと寝ているフリを続けた。
テレビの音が消えた。ガタン、とリモコンを置く様な音が聞こえたあと、ベッドがまた振動した。
「なぁ、いつまで寝てんの」
頬をつんつん、とされる。私は「んー」と寝ぼけたフリをしながら顔をさらにベッドに埋めた。フフっと笑う君の声がとても近くて心臓がドキドキする。君は数回つんつんを繰り返したあとで、「起きないとギュってしちゃうけど」と小さい声でつぶやいた。私は寝たふりを続ける。
お互いの気持ちは、お互いが気づいているはず。それでも行動に移せなかったのは私に彼氏がいるってだけじゃなくて、たぶん、友達の殻を破るのが怖かったからなんだろう。
体が熱に包まれた。まだ少し濡れている髪をおでこあたりに感じながら私は寝たフリを続ける。君の心臓の音が振動になって私の耳を震わしてくる。トク、トク、トク、と心地いいリズム。ずっと聞いていたい。彼氏の腕の中ではこんな風に思えなくなってしまった。付き合いはじめて3年、残酷なのは時間なのか私なのか、よくわからない。
早くさらってほしい。そっち側に連れ出してほしい。
少しして熱が離れた。また頬をつんつんされる。私は寝たフリを続ける。君の手が私の手のそばに置かれたのを感じて、私はすかさず君の小指をギュッと握った。その瞬間、私たちを取り巻く空気が止まった、ように感じた。
きまった。これで私はそっち側にいける。
案の定君は再度私を抱きしめた。さっきの軽いノリのハグじゃなくて、私を欲しているのを感じるような圧迫感のある抱きしめ方にかわった。私は寝ぼけている設定をうっすら守りながら君の背中に手を回す。
私はずるい人間だ。私はずるいから、自分からは決定打は出さない。相手から出してくるのを待つことでしか、自分の居場所をつくれない。
でも、ここで落としたいんだから、あざとくするのは当然でしょ?
君のキスは彼氏のとは違って滑らかで、妖艶で、腰あたりがフワッとなるようなキスだ。これからはじまる快感に思考をロックされかける中、彼氏の顔はもはや蜃気楼のようにぼやけて思い出せない。
コメントを残す